ポアンカレ予想

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何年か前にNHKスペシャルでポアンカレ予想に関する番組がありました。

ポアンカレ予想は、100年以上(近く?)証明できなかった数学の超難問だったが、グリゴリー・ペレルマンがついに証明したということでした。

番組では、ポアンカレ予想を宇宙の形を確かめる方法で、

  • 無限に長いロープを取り付けたロケットを宇宙に発射し、宇宙をくまなく飛行させた後、地球からそのロープの両端を手繰り寄せ、無事に回収することができれば、宇宙の形は概ね丸いということができる

という内容だと、次のようなイメージを用いて説明されていたと思います。

【回収できるときのイメージ】
【回収できないときのイメージ】
(画像:NHKハイビジョン特集 「数学者はキノコ狩りの夢を見る」より)

番組では、「これを宇宙の形を知る方法」として紹介されていました。

また、学校でポアンカレ予想について生徒に説明する先生も、宇宙の画像を映し出しながら説明している場面が映し出されていました。

だから、私も、これは、宇宙の形を知る方法だと、その時は理解しました。

実際の数学者や物理学者は、この予想をどのように理解しているのかが、ちょっと気になっています。



 

以下、私の妄想です。

それは、せっかく100年来の難問が解決できたというのに、どうもその解釈が人類の常識に縛られて、その証明の価値が発揮できていないのかもしれないと思っているからです。

もともと、「ポアンカレが問題を世に送り出したときに、宇宙という言葉を使ってしまったことも、解釈を不自由にしている原因なのかもしれません。

 

例えば、魚を釣りに行ったとします。

ところが、釣り針が磯の岩に引っかかって回収できなくなりました。

このとき、「釣り針が岩に引っ掛かった」と表現をします。

 

 

これってポアンカレ予想的に表現すると、

  • 『「概ね丸い空間」と言えない空間が存在したため、釣り針を回収できなくなった』
  • 『自分と針先との間の空間は「概ね丸い空間」と言うことはできない』

などと表現することができます。

また、なわとびの縄自分の後ろに回せば、その縄をまたがない限り、その縄を自分の体の前に回収することは出来ません。

これらの現象を、私たちは『引っ掛かる』という言葉で、片付けてきました。

日常生活においては、当然の理解ですし、そう考えなければ変です。

でも、物理学的なものごとの見方をしようとした時に、ポアンカレ予想を踏まえても、尚、同様の『引っ掛かる』という解釈を続けて良いのでしょうか?

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