「無意識」と「非言語思考」と「進化」に関する妄想

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次の図は、「意識」というものを説明するときに、よく用いられる図です。

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そして、意識は、おおよそ次のように説明されます。

私たちの「意識」は、図のような構造をしている意識全体の「氷山の一角」に過ぎず、

意識の本体となる部分のほとんどは、無意識から成り立っている

 

私も長い間、そのように思っていたのですが、

最近発行した電子書籍『心の解釈』を書いているうちに、ちょっと違うイメージを持つようになりました。

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 「心の解釈」(全3巻)

 

私が持った「意識のイメージ」は、上のピラミッド型のようにシンプルではないのですが、次図のようになります。

ポイントは、思考には、言語思考非言語思考の2種類があるということです。

(思考の詳細は、『心の解釈(第3巻) 催眠状態から理解した心』で説明しています。)

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この投稿では、書籍を書きながら思いついた

「馬鹿馬鹿しい内容なので書籍には書けなかったけれども、捨てるにはもったいない」

と思う妄想をご紹介します。

 

『言語思考』と『非言語思考』の概要

  • 言語思考というのは、普段、私たちが行っている「言葉によってあれこれと考える」思考
  • 非言語思考は情報がインプットされると、言語を用いない思考で、自動的に答えを導き出す思考。その答えも、多くの場合は、言葉ではなく、イメージのようなものとして返される

通常、私たちには、言語思考が、とても強く意識されています。

逆に、非言語思考は意識できず、それによって返される「答え」も、言語ではなくイメージのようなものです。

ですから、非言語思考によって導き出されるイメージとしての「答え」は、言語思考をしていると、その中で次々と浮かぶ言葉によって打ち消されるため、気づけなくなり、受け取ることが難しくなります。

瞑想座禅(特に、瞑想)といったことは、言語思考をスローダウンさせることによって、この非言語思考による「答え」を受け取ることが、目的の一つのように思われます。

 

DNAに刻み込まれる記憶

ここから論理が飛躍気味になりますが、妄想を続けます。

このような思考の種類があることを考えると、言語を用いない動物たちは、本能に従って行動している」というよりは、非言語思考によって自分の身の回りに起こることに対処している」と考えられます。

 

以前、「オオカバマダラの大移動と記憶」という投稿で、

「世代をまたいで、記憶が伝わっているとしか考えられない」

ということを書きました。

 

もし、世代をまたいで記憶を伝えるとしたら、遺伝的に伝わるとしか考えられません。

「遺伝」を、一般的に受け入れられている言葉で置き換えて表現すると

記憶は、DNAに刻み込まれて、次の世代へと伝えられる

となります。

 

  • 私は、父親や母親の体験の記憶を、自分の内側から思い出せない
  • でも、オオカバマダラには、それができるようだ
  • この違いは、何によって生じるのだろう?

 

そこで可能性として思いついたのが、

  • 言語思考は生まれた後に言葉による解釈を伴った記憶にアクセスできる
  • 非言語思考は、生まれた後の言葉によらない記憶、及び、DNAによって伝えられた記憶にアクセスできる

という考えです。

 

DNAを介して前世代からの記憶を引き継ぎ、その記憶DNAから呼び出せるのが非言語思考だとしたら、

次世代のために、DNAに刻み込まれた「祖先から引き継いだ記憶」に、

今の自分記憶」を付け加えるのも非言語思考だと考えることができます。

 

これを、大雑把に表現すると

非言語思考はDNAを操作できる

と表現できます。

 

だとしたら!?

 

今回の妄想の結論

今回の妄想の最終結論です。

論理は、一段と飛躍します。

 

これまでの私の理解によれば、現代においては、生物の進化は、

ウイルスに感染したり、宇宙線などの影響を受けて、DNA組み替えが起こり、偶発的な突然変異によって進化が起こる

と考えられていると認識しています。

 

これを、非言語思考の働きを考慮すると、

非言語思考が、先祖からの記憶に基づいて「進化が必要」と判断したときに、意図的DNA組み替える

と解釈することもできます。

 

ちょっと、おもしろいと思いませんか!?(笑)

 

もし、そうだとしたら、生命誕生進化は、「人の手には負えない領域」のように思えてしまいます。

そして、「自らの意思で遺伝子を組み替える仕組み」が、偶発的にできあがるとは考えにくく、何らかの意思が働いているのではないかと疑ってしまいます。

 

 

科学の進歩や社会の発展を目指すことも意味のあることですが、

開き直って、もう考え過ぎることは止めて、

この奇跡の中で、自分奇跡大切にする

ということにも、意識して価値を求めても良いのかなと思います。

本論は以上です。

もしよろしければ、次の電子書籍紹介ページものぞいてやって下さいm(_ _)m

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 「心の解釈」(全3巻)

余談

前世療法

霊能者が言う「前世」のことはよく分かりません。

しかし、催眠療法の一種である「前世療法」は、

DNAに刻み込まれた祖先の記憶を呼び起こし、それを癒やすことで、先祖から伝わってきた「危機回避行動」を生じさせる記憶の影響から解放しようとしている

と理解することができます。

「癒やし」DNAレベルで考えると、「DNAからの危機回避用記憶データ削除」といえるのかもしれません。

もしかすると、瞑想催眠状態を利用すれば、自分の父親や母親が体験した記憶を、自分の内側から思い出すことができるかもしれません。(試してみる価値はあると思います。)

 

本能

本能と呼ばれている行動も、

非言語思考が、DNAに刻まれた「生物にとっての根源的な記憶」に基づいて引き起こす行動

ということなのかもしれないと思えます。

 

渡り鳥は、「地磁気を感じながら、目的地を行き来することができる」という考え方もありますが、

非言語思考が、先祖の見た景色を思い浮かべながら、目的地を目指している

という可能性も否定できないと思います。

 

集合無意識

ユングのいう「集合無意識」は、

DNAを介して伝わった前世からの記憶に基づく非言語思考のことを指している

と考えることもできそうです。

 

催眠療法の経験から、

  • 言語思考による答えは、「こだわりによる偏った答え」であることが多い
  • 非言語思考は、こだわりから解放された、「その時点でのベストの答え」 のことが多い

と感じています。

ですから、経済科学といったことにこだわりを持たない人たちは、

言語思考の働きが小さい分、非言語思考の影響を大きく受けて、

正しい方向に導かれている(導かれていた)のかもしれないと思えます。

 

そう考えると、アメリカやオーストラリアをはじめ、いろいろな地域で資本主義経済とは深くつながらずに

現地で芽生えた文化を大切にして暮らしていた先住民たちの『心』にあるものが、

私たちにも「大切なもののように思える」ということも理解できるような気がします。

 

現在の人類の非言語思考は、

我々の進む道、そして、我々の進化について、

どのようなことを考えているのでしょう?

とても気になりませんか!?

 

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 「心の解釈」(全3巻)

 

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